東京高等裁判所 昭和35年(う)675号 判決
被告人 斎藤岩男
〔抄 録〕
控訴の趣意第一点について
所論の要旨は、被告人斎藤岩男の本件行為は、検察官が当初起訴した公訴事実のとおり、同人が原審相被告人今井政雄、同野崎芳雄の両名と共謀し、山崎幸雄を殺意をもつて葛西用水取入口に突き落し、同人を溺死させた殺人行為であり、右両名との共謀の事実がなかつたとしても被告人斎藤が単独で右殺人行為を実行したものであるに拘らず、原判決がこれを傷害致死と認定したのは、明らかに判決に影響を及ぼすべき事実の誤認であるというのである。そこで原判決及び原審において取り調べた各証拠を調査、検討し、当審の事実審理の結果を併せて考察すると、原判決においては、被告人斎藤の本件所為につき、同人が原審相被告人今井政雄、同野崎芳雄の両名と共に、原判示葛西用水取入口の堤防の取入口下端附近において、山崎幸雄に殴る、蹴る等の暴行を加え、同人をその場に昏倒させたが、同人の処置に窮し、被告人斎藤は、むしろ今井、野崎と共に山崎を同所樋の口の取入口に投げ込み、同人が誤つて自ら水中に落ち、水死したもののように仮装しようと考え、今井、野崎の両名にその旨を諮つたところ、両人がこれに同意しなかつたので三人で山崎を投げ込む相談はできず、また被告人斎藤としては単独で投げ込む考もなかつたが、たまたまその時山崎が起き上つて走り出したので、同被告人は逃がすまいとして追いかけ山崎を引きとめ左手で胸の辺を突いたため、同人は右樋の口の水中に転落し、溺死するに至つた趣旨の事実を認定し、被告人斎藤が山崎の胸部を突いて水中に転落させた際は、同人を殺害する意思はなかつたものとしているが、殺意を自白した被告人斎藤の検察官に対する昭和三十四年八月二十七日付供述調書の記載と同被告人及び野崎芳雄の原審第五回公判における各供述、今井政雄の検察官に対する昭和三十四年八月二十九日付供述調書及び野崎芳雄の昭和三十四年九月五日付供述調書により認められる当夜被告人斎藤の本件犯行現場における言動、司法警察員飯塚順吉作成名義の実況見分調書(添付図面、写真共)、原審の検証調書及び当審の検証の結果により認められる本件犯行現場たる葛西用水取入口及び附近堤防の水流、地形その他の状況、野本康孝の検察官に対する供述調書、及び河福賢の司法警察員に対する供述調書により認められる被告人斎藤の本件犯行後おける言動等を総合すると、被告人斎藤が殺意をもつて葛西用水取入口の堤防から山崎幸雄を水中に突き落し溺死させた事実を認めるに難くない。即ち右各証拠によれば、被告人斎藤は、前記のように、葛西用水取入口附近の堤防斜面において今井、野崎の両名と共に、山崎に殴打、足蹴等の暴行を加え、両人をその場に昏倒させた際、山崎の復讐や警察への申告をおそれ、野崎、今井と共に山崎を右用水取入口の水中に投げ込み、同人を殺害して、同人が自ら誤つて水中に落ち込み水死したもののように仮装して山崎からの復讐等の後顧の憂をなくすると同時に、自分らの犯行を隠蔽しようと考え、今井、野崎の両名に対し山崎を水中に投げ込もうと申し向けたところ、丁度その際山崎が気がついて起き上り逃げ出そうとしたのを見て、被告人斎藤は単独で殺害を決行する意思で逃げようとする山崎を追い、前に廻つてその胸部を強く突いて同人を水中に転落させ、そのまま溺死するに至らしめた事実を認めるに十分である。
然らば原判決が前記のように被告人斎藤には殺意がなかつたものと認定したのは、事実を誤認したものであり、この誤認が判決に影響を及ぼすことは明白であるから、論旨は結局理由があり、原判決はこの点において破棄を免れない。
よつて爾余の控訴趣意(量刑不当)に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三百九十七条、第三百八十二条により原判決中被告人斎藤に関する部分を破棄し、同法第四百条但書に従い当裁判所は自ら次のように判決する。
(罪となる事実)
被告人斎藤岩男は原審被告人今井政雄、野崎芳雄の両名と友人の間柄であるが、昭和三十四年八月四日夜、埼玉県羽生市内において右両名と偶然出あい、三名で同市大字上羽生の飲み屋新井屋で飲酒し、翌五日午前零時過ぎころ同店から連れだつて出たところ、今井を見知つている同市大字上川俣の山崎幸雄(当時二十六才)が酩酊して附近に居合せ、今井にからんで来て今井が帰れと怒鳴りつけても三名の傍を離れず、執拗につきまとうので、今井をはじめ被告人や野崎も立腹し、三名で山崎を殴打したあげく、被告人が「この野郎土手へ連れていつてやきを入れてやれ」と言い出し、同日午前一時三十分ころ三名で山崎を同市大字本川俣千百十九番地所在の葛西用水取入口(通称堤の口)西側の堤防まで連行し、堤防の上や右取入口の水流に面する堤防斜面において三名交々山崎に殴る、蹴る、突く等の暴行を加え、同人を堤防斜面に昏倒させたが、被告人は山崎の処置に窮し、そのまま同人を帰せばあるいは仲間を誘つて復讐に来たり、あるいは警察に申告されて被告人らが検挙されたりするおそれあがるので、むしろ同人を右用水取入口の水中に投げ込み溺死させ、同人が自ら誤つて水中に落ち溺死したもののように仮装すれば、復讐等の後顧の憂を絶つと同時に、自分らの犯行の発覚も免れることができると考え、ここに同人を殺害することを決意し、今井、野崎の両名に対しても山崎を水中に投げ込まうと申し向けて誘つたが、丁度この時倒れていた山崎が気がつき、起き上つて堤防斜面を駈け上り逃げようとしたので、被告人は単独で殺害を実行する意思で山崎を引き止め、水面から約五メートル余の急傾斜面の場所で同人の前に廻つて左手でその胸部を激しく突いて水中に転落させ、そのまま溺死するに至らしめ、もつて同人を殺害したものである。
(井上 久永 河本)